・・・って、いきなり何が「そうそう」なんだか意味不明だと思いますが (^_^;)
本日、7月19日の毎日新聞(以前にも書いたように、我が家は毎日新聞です。)の仲畑流万能川柳の秀逸マークがついた一句は、「偽善でもいいのよやろうボランティア」でした。
僕自身も、若い頃には偽善の匂いがするものはとても嫌いでした。
いつ、何があってと言う訳ではないので、いつ頃からかよくわかりませんが、「偽善でもいいじゃないか」偽善だと思われたくないために、心の中で思っているとおりのことが出来ないでいるよりも、偽善だと思われようが、本当に偽善であろうが、実際に行動を起こしている人のほうがすごいじゃないか。・・・と思うようになりました。
そう思うようになってから、ずいぶん気が楽になったような気がします。
人がどう思おうが関係ない。自分がそうしたいからそうするんだ。・・・と思えるようになってから、随分、自分が思ったように振舞うことがとても簡単になりました。
そうしたことの中の一つが、島内でのゲートボールの手伝いです。
最初は、業務の一環として、大会の際の審判や係員に借り出されていましたし、最初に審判員資格を取得したのも、ほとんど業務命令のようなものでした。
後から知ったことですが、受講料は老人クラブの費用として支出されたということのようでした。
それが、どういう訳か、他の部署に異動してたったの2年か3年かで、さも行政主導によるゲートボールの普及は済んだ、後は自分たちだけでやりなさい・・・と言わんばかりの対応に腹が立ち、改めて自費で3級審判員の資格を再取得しました。
最初の資格取得から約20年、再取得から約15年になります。
必ずしも人様のため・・・といったことばかりではなく、僕自身もゲートボールが好きだったということだろうと思うのですが、残念ながら、今なお、自分自身が試合に出られるのは年に数回のオープン大会くらいで、審判や運営の手伝いがほとんどです。
市町村合併で、良かったと思うことはあまりありませんが、ゲートボールに関してだけは、ようやく老人クラブの会長とゲートボールの分会長が別々になったことで、ようやく協会の体制などもわかるようになってきて良かったかな・・・と思うところです。
ゲートボールに関しての、今のところの僕の目標は、支部から、出来ることなら分会から選抜予選のミドルの県大会に出場することです。
他県の方からは、何を言っているんだ。出場したければ、出場すれば良いじゃないか。・・・と思われることと思います。
離島の多い長崎県で、実際に離島に暮らしていると、単に県大会に出場すること自体が、結構、高いハードルとなります。
また、全国大会ではお若い方たちのチームをたくさんお見受けしますが、それぞれの地区内においては、これまで老人クラブを対象に普及を図っていた経緯から、老人のものと思われているというのがまだまだ現状ではないでしょうか。
さらに、離島在住と言う環境の中では、他地区の人達と合同でということが簡単にできませんので、ミドルでメンバーを揃えてチームを作るのは、本当に簡単なことではありません。
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