2009年11月1日日曜日

円楽死す

志ん朝に次いで、四天王の一人、円楽がこの世を去った。

志ん朝派の僕としては、実際に、円楽の生の高座を見たのは、長崎市民会館での談志、小三治との三人会での一度だけ。
円楽のくさい芸風は好きではない・・・という先入観もあり、まず、小三治のもぐら泥、いかにも小三治らしい軽妙な展開、ふむふむ。
円楽のネタは、浜野矩随、いかにも円楽らしい芸風に少し鼻白みながらも、やはり生で見ると、ついつい泣かされてしまします。
談志は、芝浜でしたっけ?円鏡を含めた四天王の中で、名人と呼ぶに値するのは、志ん朝のみというのが僕の感想です。

ビートたけしさんを始め、プロのお笑いの方たちに中には、談志を師匠と仰ぐ方も多いので、それなりの理由があるのでしょうが、一観客としての僕の一番のお気に入りは、志ん朝。
しかし、それはそれとして、テレビへの露出が少ない志ん朝に対し、「笑点」への出演で落語の存在を広めたという意味での円楽の功績は認めなければいけないと思います。

落研の会員だった大学時代、当時の落語会の最高峰であった志ん朝に次いで、円楽もいなくなり。
僕的には、「昭和は遠くなりにけり」・・・ってな気分です。

円楽師匠のご冥福をお祈りします。

0 件のコメント:

コメントを投稿